彩珠研は、宝石を検査するという立場から業界の成り立ちを考えていく事を仕事の理念としています。宝石という石が単独で市場を造ることは出来ず、宝石は宝飾のひとつの部分でしかありません。
元来『宝石』というものの基準は判りにくいものですが、美しいものこそが宝石と考えています。『本当に美しい宝石』を鑑別し広めていく事が日本の宝石観を育てていく事であると考えています。
日本では、今私たちが普通に見ている宝石類は明治になって初めて海外から入ってきたものばかりです。昭和も後半になると市場に多くの宝石類が増え、今日本は世界屈指の宝石消費国となりました。宝石学では筆頭レベルの国のひとつと言えるかもしれません。
とはいえ、思い起こせば、日本人は古来すがすがしい翡翠と美しい真珠を“彩珠”の文化として愛でてきました。
それが今や“着物の文化”は衰退し、和装の装飾品も廃れてしまい、和風と洋風の融合も起こりませんでした。
私たちの祖先が“万葉の宝石”を愛でたように、日本には日本らしい宝石文化があってしかりと私は思います。その一つが宝石を吟味する、そして吟味の習慣を定着させる、ということであり、日本に日本なりの宝石観をつくることです。鑑別という仕事もその文化の一員です。
文化なくして、完成された宝飾市場はあり得ず、そして後世に伝えられる宝石観は育たないと確信します。
元来『宝石』というものの基準は判りにくいものですが、美しいものこそが宝石と考えています。『本当に美しい宝石』を鑑別し広めていく事が日本の宝石観を育てていく事であると考えています。
日本では、今私たちが普通に見ている宝石類は明治になって初めて海外から入ってきたものばかりです。昭和も後半になると市場に多くの宝石類が増え、今日本は世界屈指の宝石消費国となりました。宝石学では筆頭レベルの国のひとつと言えるかもしれません。
とはいえ、思い起こせば、日本人は古来すがすがしい翡翠と美しい真珠を“彩珠”の文化として愛でてきました。
それが今や“着物の文化”は衰退し、和装の装飾品も廃れてしまい、和風と洋風の融合も起こりませんでした。
私たちの祖先が“万葉の宝石”を愛でたように、日本には日本らしい宝石文化があってしかりと私は思います。その一つが宝石を吟味する、そして吟味の習慣を定着させる、ということであり、日本に日本なりの宝石観をつくることです。鑑別という仕事もその文化の一員です。
文化なくして、完成された宝飾市場はあり得ず、そして後世に伝えられる宝石観は育たないと確信します。
【追伸】
現在インターネット上で、私の名前や彩珠研の名前を使用し、また一部の意見を引用して、自身の意見の中に取り入れている方が何人かいらっしゃいます。
私の考え、そして彩珠研のあり方を理解していただけることは、ある意味誇りに感じます。
しかしその反面、あまり大きな問題はないように見えますが、一部のみを各人の考えの中に使用されてしまいますと、私の“鑑別家”としての考え方とは異なってしまう内容にもなってしまいます。
私は、業界の動向を左右しかねる意見は、公共の場で行うものと決めております。
自分のポリシーは全体論の中に於いて展開していくべきものであると確信しておりますので、私の名前と考えの一部だけを抜粋して一方的な発言の場に使用すること、又、当所の意見を無断で転載することは、ご遠慮願いたくここにお願いいたします。
私の考え、そして彩珠研のあり方を理解していただけることは、ある意味誇りに感じます。
しかしその反面、あまり大きな問題はないように見えますが、一部のみを各人の考えの中に使用されてしまいますと、私の“鑑別家”としての考え方とは異なってしまう内容にもなってしまいます。
私は、業界の動向を左右しかねる意見は、公共の場で行うものと決めております。
自分のポリシーは全体論の中に於いて展開していくべきものであると確信しておりますので、私の名前と考えの一部だけを抜粋して一方的な発言の場に使用すること、又、当所の意見を無断で転載することは、ご遠慮願いたくここにお願いいたします。
彩珠宝石研究所 飯田 孝一